この記事は,Haptics Advent Calendar 2019 14日目の記事です.
https://adventar.org/calendars/4151
アドベントカレンダーに参加するのは実は初めてですが,そろそろ自分も何か書けるのではないかということで挑戦してみることにしました.
自己紹介
堀江新です.
東北大学 田所・昆陽研究室で修士課程を修了し,現在は東京大学 稲見・檜山研究室所属のD1です.
最近はexiiiでインターンさせてもらったり,DC2通ったり,異能の最終選考で落とされたりしていました.
関心は身体の大面積への力覚提示手法と,提示することによる効果です.新しい体験を作るのが好き.
この記事について
何を書くか迷ったのですが,とりあえず順当に,自分がこれまでやってきた研究に関連する話をしようと思います.
自分はこれまで身体の大面積を対象とした力覚提示を研究の対象とし,そのなかで自己運動感覚との関係について調査してきました.
ということで今日は「自己運動と触覚」という一見関係の薄そうな2つについてどのような関連があるのか,またその先行研究をいくつか紹介しようと思います.
自己運動感覚(Self-motion Perception)と触覚との関係
最初に言葉の定義について.
ここで言う自己運動とは,自分の身体部位を能動的に動かしたりすることではなく,自分の身体の位置が変化する事を指します.
結構紛らわしいので,口頭で説明する際には「身体軸の運動」と表現することにしています.
さて,自己運動と触覚との間には,一見あまり関係がないように思われるかもしれません.
自分が移動している感覚というのは,視覚や前庭感覚(いわゆる三半規管)で知覚しているという理解が一般的なのではないでしょうか.
例えば,視覚で感じる自己運動感覚を「視覚誘導性自己運動感覚(Vection)」と呼び,これまでその強力な効果が実証されています.これを利用した実験系やコンテンツも無数にありますよね.
また,前庭感覚も加速度を知覚する上で重要な役割を果たしていて,電気刺激でそれを人為的に制御する研究も進んでいます.
では皮膚はどうでしょう?
考えてみると,我々が運動(加減速)する際には,常に何かしらの力を受けています.
しかもその力は自由落下を除いて,常に,皮膚を介して伝達されているものです.
例えば自動車を運転している時,加減速すればそれに応じた力をハンドルやシートから受けますよね.
これまで生まれてから絶え間なく,加速度を感じる度にどこかしらの皮膚に力を知覚していると考えると,相当な学習効果を生んでいると思いませんか?
という話は当然,僕が最初に思いついたわけでは無く,先行研究がありますのでここから紹介していきます.
移動と風覚については先日 kn1chtさんがまとめてくれている記事の中で紹介されているのでここでは省略します.ピーキーなタイトルだ.
→風覚ディスプレイとは何? 用途は? 実装は? 調べてみました!
手部への力覚提示
Can Haptic Feedback Improve the Perception of Self-Motion in Virtual Reality?
著者のAnatoleはPseudo Haptics界隈では知らない人が居ないほどの有名人ですね.
手部に力を提示することで,Vectionの効果をバイアスさせるというものです.
詳しく調べた論文はこちらの方
→Haptic motion: Improving sensation of self-motion in virtual worlds with force feedback
速度ベースで力を提示したり,加速度ベースで力を提示した時の効果を調べていて,加速度ベースの方が良いパフォーマンスが出ています.
特に面白いのが提示する力の方向に関する考察で,進行方向と逆向きに力を提示しても自己運動感覚がしっかり誘発されるということです(それでも加速度ベースが有意に出る).
頭にも力覚提示
HapSeat: Producing Motion Sensation with Multiple Force-feedback Devices Embedded in a Seat
手部への力覚提示の研究の続編ですね.
Force Dimention社もびっくりのなかなかロックなセットアップの仕方してます.
動画中でもデモの様子が出てきますがこれは確かに迫力のある体験ができそうです.
臀部への振動の仮現運動
Tactile Apparent Motion on the Torso Modulates Perceived Forward Self-Motion Velocity
現在東京大学のVRセンター,廣瀬・葛岡・鳴海研究室で准教授をされている雨宮先生の論文.
雨宮先生といえば非対称振動による牽引力錯覚「ぶるなび」が有名ですが,歩行感覚提示など,空間移動に関しても重要な研究を数多くされています.
この研究は臀部に振動の仮現運動を提示することによって速度感覚をバイアスさせるというもの.
仮現運動は空間的に非連続な刺激が時間差で提示されることであたかも連続的な刺激の流れが生じているように感じるもので,文字が流れる電光掲示板とかがよく例として挙げられます.
上で紹介した手部への力の提示が加速度ベースなのに対して,こちらは速度ベースとなっています.
確かに,ローラーが沢山並んでいるタイプの滑り台を滑ることを想像すると,速度に応じた加減運動の速度を提示するのが感覚的にフィットしそうですね.
アクセス可能な方は是非ペーパーに目を通してほしいのですがバイアスの仕方が大変綺麗で感動します.この影響で下で紹介する僕の研究ではこの実験系を参考にすることにしました.
→Tactile Apparent Motion on the Torso Modulates Perceived Forward Self-Motion Velocity
臀部へのスキンストレッチ
最後に自分の研究を紹介します.
スキンストレッチは指腹部への力覚提示手法として数多く提案されている手法です.
例えばProvancher氏を始めとして,南澤先生のGravityGrabberや,Pacchierotti氏,Domenico先生の研究なんかが有名所でしょうか.
皮膚にせん断変形を引き起こすもので,力の大きさと方向を知覚させる手法として確立されつつあります.
この皮膚のせん断変形の手法を臀部に適用したのがこの研究です.
運動する移動体に着座していると臀部にせん断の力が生じます.
このせん断力を知覚させることで,自己運動感覚の誘発を狙いました.
評価は加速感ベースで行っていて,力覚を提示することでベクションがどの程度バイアスするかを評価しています.
上記のペーパーは1自由度のデバイスで評価を行っていますが,この後,多田隈建二郎先生のチームに協力いただき,各臀部2自由度で駆動する機構を実装しました.
結構色んな所でデモはやっておりまして,ペーパー以外での特に大きな成果としてはAsiaHaptics 2018でBest Demo Award Gold Winnerを受賞しました.
まとめ
ここまで読んでいただきありがとうございました.
触覚はバーチャルな体験の確からしさに寄与する重要な感覚です.一方で,それを知覚できる空間は皮膚の表面に限られています.
その知覚可能な空間を拡張するために,ヒトは体を動かしたり,移動したりするわけですが,実はその移動すらも皮膚表面の刺激によって変調が可能であるという所にこの研究領域の魅力があると思っています.
自己運動・移動という基礎的な現象を,触覚というモーダルから切り出す面白さが伝わったなら幸いです.
参考文献
- Lécuyer, Anatole & Vidal, Manuel & Joly, Olivier & Mégard, Christine & Berthoz, Alain. (2004). Can Haptic Feedback Improve the Perception of Self-Motion in Virtual Reality?. Haptic Interfaces for Virtual Environment and Teleoperator Systems Haptics’04 Proceedings, 12th International Symposium. 208-215. 10.1109/HAPTIC.2004.1287198.
- Ouarti, N., Lécuyer, A., & Berthoz, A. (2014, February). Haptic motion: Improving sensation of self-motion in virtual worlds with force feedback. In 2014 IEEE Haptics Symposium (HAPTICS) (pp. 167-174). IEEE.
- Danieau, F., Fleureau, J., Guillotel, P., Mollet, N., Lécuyer, A., & Christie, M. (2012, December). HapSeat: producing motion sensation with multiple force-feedback devices embedded in a seat. In Proceedings of the 18th ACM symposium on Virtual reality software and technology (pp. 69-76). ACM.
- Amemiya, T., Hirota, K., & Ikei, Y. (2016). Tactile apparent motion on the torso modulates perceived forward self-motion velocity. IEEE transactions on haptics, 9(4), 474-482.
- Horie, A., Nagano, H., Konyo, M., & Tadokoro, S. (2018, June). Buttock skin stretch: inducing shear force perception and acceleration illusion on self-motion perception. In International Conference on Human Haptic Sensing and Touch Enabled Computer Applications (pp. 135-147). Springer, Cham.
- Horie, A., Nomura, A., Tadakuma, K., Konyo, M., Nagano, H., & Tadokoro, S. (2018, November). Enhancing Haptic Experience in a Seat with Two-DoF Buttock Skin Stretch. In International AsiaHaptics conference (pp. 134-138). Springer, Singapore.